目に見えるものだけが道標ではない。
君の香りに誘われてこんなところまで来てしまった。
目には見えなくても、これは君の証。
君の香りに誘われてこんなところまで来てしまった。
もう後戻りはできない。
君が辿ってきた道に君の香りは残っていないから。
戻ろうとしても迷子になってしまう。
君の香りだけを頼りにここまで来たから。
だから俺にはもう君のあとを追いかけるしか方法がないんだ。
見知らぬ土地で見覚えのない道で、ひとり佇むわけにはいかない。
シャンプーも柔軟剤も、特別なものは使っていないと言っていたのに。
どこにでも売っているものを使っていると言っていたのに。
どうしてそんな香りがするのだろう。
同じものを使っているほかの人からは、まったく違う香りがする。
どうして君だけ特別な香りがするのだろう。
君の香りに誘われてこんなところまで来てしまった。
世の中には良い香りがたくさんあるけれど。
君の香りは特別だ。
もう後戻りはできない。
香りの魔法にかかってしまったから。
いつかこの先、君の香りが途絶えて君の香りを忘れてしまったとしよう。
俺は君とはまったく別の道を歩いていたとしよう。
そのとき俺の隣には君以外の人がいたとしよう。
そこで、どこからか、君の香りが漂ってきたとしよう。
間違いなく俺は君を思い出す。
君の香りを追っていたときを思い出す。
香りのメモリー機能はほかのなによりも優れているから。
人混みに埋もれても消えることはない。
どんなに多くの香りを嗅いでも忘れることはない。
どこにいても君の香りがすれば君を思い出す。
今も元気でいるのか、と。
俺はそこそこ元気だよ、と。
俺の香りは町に沈む。
君の香りは町に浮く。
これからどれだけ多くの人に出会っても。
どれだけ多くの香りを嗅いでも。
君の香りを忘れることはないだろう。
万が一、忘れてもまた君とすれ違ったらすぐに思い出すだろう。
目に見えない道標を残してくれた君を。