俺の知らない時間を過ごした君はとても綺麗だった。
あのころ抱いていた恋心。
終わったそれを、数年ぶりに会ったあなたに伝えることはできない。
あのころの面影は残っている。
あのころよりもあなたは綺麗になっている。
俺の知らない時間をあなたは過ごした。
あのころはあんなにあなたのことを知りたいと思っていたのに。
今は知りたくない。
というより、知らない方がいいと思っている。
あなたの薬指に光る指輪。
俺の薬指も光っている。
けれど、デザインはまったく違うもの。
思い出話に花が咲く。
あのころ花は咲かなかったけれど。
今咲いている花は随分と綺麗だ。
知らなくたって楽しい。
こうやって話せるだけで十分。
あのころを肥料とした、楽しく切なく美しい花。
あなたのおかげ。
それすら伝えることはできないけれど。
伝えないからこそ、きっと綺麗なんだ。
数年後、十数年後、数十年後。
君といろんな話をしてきた。
子供の頃。
君はおてんばで俺は大人しくて。
今は逆に見えるけど、きっと偽りなんだね。
部活。
君はバスケットボールで俺はベースボール。
君はキャプテンをやっていて、俺は選ばれなかった。
ベースボール、なんて言っているからだろうか。
好きな映画。
君はホラーで俺はサスペンス。
生きるだの死ぬだの、本気で考えていないくせに。
今の仕事。
どこにでも嫌や奴はいるもんだ。
だって、まわりを見渡せばこんなに人がいるんだから。
将来の夢。
夢って言うか、いつか結婚はしてみたいな。
君は照れながら言う。
俺の夢は恥ずかしくて言えなかった。
ずるいよ、なんて君が言うから。
なんとなく、それっぽいこと言って誤魔化した。
これまで君といろんな話をしてきた。
真面目なことも、くだらないことも。
それなのに、結局。
肝心なことはなにも話せないでいる。
君にはまだ話せていないけど。
数年後、十数年後、数十年後。
どれだけ歳を重ねても。
君とこうやって話せていたらいいな、と思う。
言葉にできないものを探しに。
今はなんだって検索することができる。
検索したらコンピューターがその傾向を読んで、それに関連するものや好きそうなものを探し出してくれる。
有難いような、余計なお世話なような。
もし君が、好きなタイプを検索したとしたら。
俺に関連することが出てくるのだろうか。
性格とか趣味とか容姿とか。
今はなんだって検索することができるから。
上手く言葉に表せないことだって。
いくつか単語を組み合わせれば、探し出すことができる。
この世に存在する膨大なデータからありとあらゆる情報を導き出し、言葉にしてくれる。
そうそう、こういうこと。
そんなこともあるだろう。
有難いような、そうじゃないような。
もし俺が、好きなタイプを検索したら。
君に関連することは出てくるのだろうか。
世の中にはたくさん情報があって、いろんな人がいるから。
そこから傾向と対策を練ったら、君のことが出てくるのだろうか。
もしくは君に近しい何かが。
まったく違うものが出てくる可能性だって、きっとある。
それでも。
そうだとしても。
ふと君を見て。
ああ、やっぱり好きだな。
と思うことはいくらでもある。
それは言葉にできることじゃないから。
検索しようがない。
それにぴったりな言葉が思いつかないから。
検索しようがないんだ。
恋の重さと駐車場までの距離。
好きという感情の重さは何で測るの?
突然、君が言い出す。
そんなこと、わからないよ。
俺の答えに君は不満気だ。
なんかあるでしょ?ヤリたいだけの女とそうじゃない女との違い。
君はなぜか怒っている。
頭をフル回転させて、考える。
うーん、例えば…。
俺は話しはじめる。
女が住むマンションに行くとする。
彼女は車を持っていないため、マンションの駐車場は借りていない。
こっちは車で向かう。
だから車は近くに停める。
コインパーキングを探す。
でも、そのあたりは料金が高い。
そのとき、なるべく安いパーキングを探す。
少しくらいマンションから離れていても、その方が安いところが見つかりやすいから。
そう思わせる女は、ヤリたいだけ。
料金なんて気にせずに。
なるべくマンションから近いパーキングを探す。
歩く時間があったら、彼女に会っていたいから。
そう思わせる女は、好きな女。
どう?
俺は君を見る。
ふうん、最低ね。
そっちがなにか言えって空気出したんだろ?
で?
で?
今日はどこに車を停めたの?
隣のコインパーキング。少し先のところより高いよ。
俺は自慢げに言う。
それなら、まあ、いいけど。
君もどこか自慢げに言った。
潤し照らし温めて。
水道代。
電車代。
ガス代。
生きていくにはお金がかかる。
生きていくには支払わないといけないもの。
当たり前のようにそこにあるけど。
なくなったら一大事。
命に関わる問題。
どれがなくなっても不便。
生きていくにはどれも必要不可欠。
当たり前だけど当たり前じゃないもの。
俺の場合。
そこに君が加わる。
なくなったら不便。
必要不可欠なもの。
もし、なくなったら。
命に関わる問題。
だから、君にかかるお金は水道光熱費の内。
俺が生きていく上で必要な支払い。
俺が生きるための経費。
俺の稼ぎじゃ、高価なものはあげられないし、旅行もそんなに行けない。
僅かな稼ぎの中から。
休みの日には、ちょっとだけ遠出をしよう。
一緒に美味しいものを食べよう。
水道も電気もガスも君も。
なくなったら困るから。
過度な期待は禁物。
節約することも大切。
無駄遣いはよくないよ。
世の中厳しいから。
たまに経費削減しても怒らないで。
君は俺にとって必要不可欠だから。
一緒に長くいるために、経費削減も時には必要。
贅沢はできないけど、一緒に居よう。
潤し照らし温めておくれ。
弱点は真ん中に集まる。
君の好きなところを教えましょう。
スラッと伸びた、アキレス腱。
気候があったかくなると見え隠れ。
細く滑らかな、鎖骨。
コートの影から見え隠れ。
艶やかで綺麗な、うなじ。
束ねた髪の毛から、見え隠れ。
名前は知らないけれど、鼻と口の間。
距離感といい、2本の溝の深さや濃さといい。
あそこの部分は何て言うのだろう。
君のあそこは絶妙な長さだよ。
君の好きなところを挙げていったら、全部人間の弱点だと気づいた。
弱かったり脆かったり。
そんなところばかり好きになる俺。
もしかしたら、頭がおかしいのかもしれない。
君の好きなところは君の弱いところ。
文字だけ見れば、俺は最低の奴だ。
でも、これだけは言わせておくれ。
君の弱いところ。
しっかり守れる男になりたい。
心もからだも。
君を守れる男に。
あともうひとつ。
鼻と口の間の名称。
これはあとで調べておくよ。
ちゃんと君を褒められるように。
人の弱点はからだの中心に集まっているそうだ。
弱点は真ん中に集まっている。
俺もそうだ。
俺の真ん中には大きな弱点がある。
君という弱点が。
俺は君に弱い。
それは君も知っているだろ?
俺の真ん中にには、君がいる。